包丁の硬さのひみつ

包丁の硬さについて

包丁は一度真っ赤に高温に熱した後、水又は油の中へ入れ急激に冷却します。この作業を焼入れと言い、包丁を硬くする為に欠かせない製造工程です。

鋼は温度を下げると、溶け込んだ炭素が炭化物(炭素の化合物)という形で析出しますが、鉄に溶け込んだ炭素が炭化物として析出する為には、ある程度の時間が必要とします。従って、高温状態から急激な冷却によって、この時間が無い場合、炭素は鉄の中に溶け込んだまま固まってしまいます。この状態の組織は、溶け込んだ炭素が鉄の中から外へ出ようとする力が働きますが、鉄が固まっている為、析出する事が出来ません。ここに、大きな歪みの力が働き硬くなるのです。
学術的には、原理の説明が不十分かもしれませんが、大まかにはこのように理解して差し支えないと思います。

炭素は炭化物として析出しないで、組織中に溶け込んだままの方が歪の力が働き、焼入れ組織が硬くなることを説明しましが、実は焼入れ組織を硬く出来る炭素量(溶け込むことが出来る炭素量)は、0.765%だけで、これ以上の炭素は炭化物として析出します。
元々の炭素量が0.765%以下の材料は、炭化物が出来ないと思われるかもしれませんが、炭化物は必ず析出します。この場合、鉄に溶け込む炭素量が少なくなり、焼入れ組織が若干軟らかいものになります。

次に、焼入れ組織と切れ味の持続性との関係をコンクリートに例えて簡単に説明します。
コンクリートは、セメントと砂、砂利、水を混ぜて使います。コンクリートの駐車場などの表面をよく見てみると、ねずみ色の所(モルタル部分)に砂利が散らばっていると思います。包丁に例えると、焼入れした組織が、ねずみ色の所(モルタル部分)に当たります。そして、炭化物が砂利に当たります。
セメントの耐摩耗性を考えますと、砂利はとても硬くモルタル部分が削り取られるのを防ぎます。砂利が何かの衝撃で取れた場合、またその下の砂利が表面に出るまでモルタルは、案外速く削れてしまいます。

この状態をイメージして包丁の刃先を考えて下さい。
一番先端にあると考えられる炭化物は、物を切るのに大きく関与していると考えられます。炭化物の総量は材料中の炭素量によってほぼ決まりますが、出来るだけ小さい炭化物が、バラバラに多く散らばっていた方が良い事が分かります。また、焼入れ組織は硬い方が炭化物の脱落を防ぎます。更に、炭化物自体の硬さが硬ければ申し分ありません。刃物鋼の中には、色々な元素を材料中に含ませ、更に硬い種類の炭化物を析出させる材料もあります。モリブデン・バナジウム鋼と呼ばれるものがその一例です。
では、切れ味を増すために鋼材に多くの炭素を入れれば、炭化物の数が増えるかというと、そうではなく、多くしすぎると、各炭化物が巨大化してしまいます。以前は、ステンレス鋼の場合、炭素量は約1%までとされてきましたが、最近ではこの限度を破った粉末鋼材が開発されました。この材料は、一旦金属を細かな粉にし、特殊な方法で溶解させる事なく固めたもので、炭素量を多くしても、焼入れの際に炭化物が巨大化せず、微細炭化物を数多く析出します。現時点では最高級刃物鋼です。

ロックウェル硬さ試験


通常、包丁の硬さはロックウェル硬さのCスケールを使用した測定法で評価されています。まずこの測定法がどんなものかを説明します。
この測定法は、1919年にロックウェル氏(アメリカ)によって考案された試験法で、世界的に工業界で最も広く使用されています。ロックウェル硬さとは、ダイヤモンド圧子又は球圧子を用いて、最初に測定物に基準荷重を加え、次に試験荷重を加え、再び基準荷重に戻した時、この前後2回の基準荷重における圧子の侵入深さの差から、ダイヤルゲージなどによって硬さを求めるものです。
試験機には、スケールと称して、押し込みに使用する圧子の種類、試験荷重の大きさ及び硬さ算出式の組み合わせに固有の硬さ記号を設けています。
Cスケールの場合、ダイヤモンド圧子を使用し、基準荷重10㎏f、試験荷重150㎏fで測定し、侵入深さの差がh(mm)とすると
HRC=100-500h
の計算式で求められます。つまり、h=0.084(mm)の場合、HRC58となります。

スケールの種類としましては、JIS(日本工業規格)では、ABCEFGHNTを採用していますが、他にDKPMLVSRWXYも発表されています。測定物によって使用するスケールを選択して測定しています。
硬さを表記する場合、どのスケールを使用したか分かる様に、HRの後に使用したスケールの種類の記号を付け表記します。例えば、Aスケールを使用して測定した場合は、HRA80などと表記します。

分類 硬度(HRC)
安価な包丁 HRC 52~56
一般家庭用包丁 HRC 57~59
業務用 洋包丁 HRC 59~62
業務用 和包丁 HRC 60~65

計算式からも分かるように、数字が大きい程、硬いということになります。
通常、包丁は左表の様な硬さです。

一般に、包丁は硬ければ良い包丁のように思われていますが、実は、ここに大きな落とし穴があります。炭素量の多い良い材料に適正な熱処理が施されれば、硬く粘り強い包丁になり、切れ味が永続きします。しかし、安価な炭素量の少ない材料でも、熱処理を操作すれば硬い包丁を造る事は可能です。この場合、組織中の炭化物が大きくなり、切れ味が悪かったり、割れ、折れなどが発生したりします。従って、硬度は、良い包丁の判断の目安にはなりますが、一概にそれだけで判断する事は危険です。
 近年、包丁を少し学ばれた方が、硬さだけを気にして包丁を求める事があり、その結果、焼入れ組織を無視し、不適切な熱処理を行って硬度だけを上げた粗悪な包丁が造られたと耳にした事があります。お買い求めの際は、やはり信頼の置ける、評判の良いメーカーの包丁を選ぶ事をお薦めします。

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