切れ味について

包丁の切れ味は、『 味 』という語が付いているように、人間の味覚などと同様に、その人その人によって判断が異なる事があり、客観的な判断基準を示すのは、なかなか難しいことです。
一般に、” 切れ味が良い “ということは、『 物を切る時に、小さな力で切れる事 』と考えられます。
では、次に包丁と切れ味の関係について説明します。

物体は原子や分子の結合体ですので、切るという事は、この結合を破壊する事です。破壊する為には、原子や分子の結合力を上回る力を加える事が必要です。
そこで、まず刃先の先端について考えます。
仮にトタンの板を包丁の形にハサミで切り抜いただけの”トタン板包丁”を作ったとします。
このトタン板包丁の刃先は、板の厚みの巾が有ります。
このような厚みを持った刃先で物を切断すると、加える力が厚みの面積に分散してしまう為、大きな力を加えないと物を切る事は困難です。
切れ味を良くする為には、力を集中的に物に与え、結合を破壊する先端が尖った刃先が必要になります。
物が一度切れ始めますと、包丁の刃形でクサビの原理が作用して切れ目が進み、物が切れて行きます。板前さんが刺身を切る時、長い刺身包丁でスーッと手前に引きながら切るのをご存じだと思います。物の結合を破壊する際、上から真下に降ろす力に、手前に引いたり向こう側に押したりする力が加わると破壊力が倍増します。
従って同じ包丁を使用しても、下に降ろす力に、押す引くの動作を加えると切れ味が増す事になります。
(玉ねぎ、トマトなどのスライスでお試しください。)

これを理論的に解釈すると、物を切る為には各々の物質に一定のエネルギーを与える事で切断されます。
ところで、エネルギーとは、学生の頃、理科の時間に習ったことと思いますが、
【力の大きさ】×【移動距離】=【エネルギー】 の式で表されます。

よって、押す引くの動作を加える事は” 移動距離 “を増やす事になり” 力の大きさ “が少なくて済む事になります。
最初に申し上げたように、人間は、どれだけの力を加えて切れるかで切れ味を判断し、包丁を移動させる動作は切れ味の評価にあまり関与しません。
つまり、与えるエネルギーは同じでも、力が少なくて物が切断出来れば、人間は切れ味が良いと判断するのです。

次に、” 力の大きさ “について考えてみます。
物を切断する為の力と包丁が切断物に割り込んで行く時の抵抗力の2種類あります。
物を切断する為の力は必ず必要ですが、抵抗力は出来るだけ小さい事が望まれます。
抵抗力を小さくする方法としましては、次の様な事が考えられます。

  • 刃先角度が、鋭角であること
  • 包丁の厚みが、薄いこと
  • 包丁と切断物との摩擦が、少ないこと (切られた所が、すぐに離れる包丁の形状)
  • 包丁の表面荒さが、細かいこと

但し、あまり鋭角にしたり、包丁の厚みが薄いと包丁自体の強度が弱くなり、割れなどが発生し易くなりますし、切り離れしやすいハマグリ形状になりません。
また、表面の粗さがあまり細かく鏡面のようになりますと、逆に摩擦面が大きくなり、摩擦力が大きくなります。

さらに、刃先の尖った包丁で切った切断面はきれいですが、刃先がつぶれた包丁の場合は、切断面の細胞がつぶれています。
この事柄を考えてみますと、切断に必要な最低限の力以外に周囲の細胞等をつぶす力が余分に掛かっている事が分かります。

次に、一番重大な刃先先端部の形状についての説明に移ります。
刃物において、刃先の形状は使用目的によって色々な形状をしています。
木を切るノコギリは、ギザギザが付いて目立てがしてあります。
その刃も木目に沿って切る用途の物と逆らって切るものでは、ギザギザの大きさが違います。
また冷凍包丁のように波刃のものもあります。
つまり、切断する物によって形状が違うという事です。
普通の包丁の刃先は直線のように見えますが、実は包丁の刃先端の0.01mm程度を顕微鏡で観察すると、ノコギリのようなギザギザが付いています。
また、包丁の先端は尖っていると思われていますが、0.002~0.005mmの幅を持った形状をしています。
包丁にとって難しいのは、切断するものが刺身などの軟らかな物や、魚の骨などのように固い物まで色々あるという事です。専用包丁であれば良いのですが、万能包丁の場合このギザギザの大きさや状態をどの程度にしたら良いのか判断しづらいのです。

特に一般家庭用に売られている多くのステンレス包丁は、材料の性質上、刃付け加工でこのギザギザを残す事が難しい為に、止むを得ず小さくしすぎている包丁が多いように思われます。
当社では、このギザギザの大きさ及び状態と切れ味の関係を調べ、最高の刃付けが出来る加工方法の研究をしました。
この結果を踏まえ、職人によって一丁ずつ刃付けを行っています。
また、刃付けを行った包丁の抜き取り検査を毎日行い、お客様に満足して頂けるよう努力しています。

包丁の切れ味を評価する


切れ味を測定する方法に、本多式切れ味試験機と呼ばれる試験機を使用する方法があります。
試験をする包丁を、刃を上にして機械に固定し、一定の加重をかけた紙の束を刃先に載せます。
試験機は、スイッチを入れると前後に1往復し紙を切ります。
その際に何枚切れたかにより、包丁の切れ味を判断する試験機です。
当社でも、この試験機を保有し、刃付け加工の評価の一手法に使用しています。
尚、岐阜県製品技術研究所でもこの試験機を用いた切れ味試験を行っていますが、試験機の設定内容は若干異なります。
当社の設定内容は、下記の通りです。

◆本多式切れ味試験機の設定◆
ストローク距離 → 80mm
1ストローク時間 → 約6秒
使用紙厚み、幅 → 約0.038mm × 400枚(8mm)
負荷加重 → 350g

尚、当社使用紙は岐阜県製品技術研究所で使用の物と同質紙。

PAGE TOP